サツマ辭書

三、pp.76-92

三 木村嘉平は、本木昌造より一年早く、文政六年の生れ、江戸神田小柳町に住んだ。代々彫刻師で、十八歳にして業を繼ぎ、特に筆意彫りをもつて謳はれてゐたといふ。宮内省にも出入し、當時諸大名の藩札の原版は多く嘉平の彫刀に成つたと謂はれる。 「印刷大…

二、pp.63-76

二 すこしばかり出來かかつてゐた本木昌造のイメーヂは、私の頭の中で無殘にくづれていつた。最初のうちは「遠西奇器述」の寫本など見る氣がしなかつた。私の頭の中には、白髮の總髮で、痩せた細おもての燃えるやうな理想と犧牲心とで肩をそびやかした昌造の…

一、pp.51-63

一 三谷幸吉氏が亡くなると、生前にあづかつた「本木昌造、平野富二詳傳」の再版原稿が、私にとつては遺言のやうな形になつた。つまり三谷氏の志を繼いで、私も近代日本印刷術の始祖ともいふべき人について、その功績を讃へるために何か書かねばならぬ。 私…