四 三谷氏と私はしばらく顏を見合せてゐた。病人は細君に涙を拭いて貰ひながら、くるしい呼吸づかひだが、滿足氣であつた。 大震災當時のことだから二十年ちかくもならうか。共同印刷會社の第一製版工場で、私も三谷氏も同じ植字工だつたのである。その當座…
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